◇第2話 ビートボックスシーンってどこにあるの?

 

 2020年2月と3月は、何人もの若きビートボクサー(20歳代)と懇談(SNS上も含む)する機会に恵まれました。そのような場で彼らの口から出てくる言葉には、共通ワードがあることに気づきました。それは・・・

 

 「ビートボックスシーン」

 

例えばこんな感じに用いられます。

 ・もっとビートボックスシーンを盛り上げていきたい。

 ・ビートボックスシーンを広く一般の皆さんに知ってもらいたい。

 ・ビートボックスシーンを盛り上げるために、僕はその裏方に徹したい等々

 

 そこで、ちょっと意地悪な質問を投げかけてみました。「ビートボックスシーンって、どこにあるの?」

すると、ビートボックスバトルだったり、地元でのイベントへの参加だったり、YouTubeの動画だったりを挙げてきます。でも彼らはそのことを意気揚々と語るかと思いきや、そうではないのです。どう見ても「何かモヤモヤ感を感じている・・・」 そういった表情に、私には見えてしまったのです。

 

この様子を見て、私は先日お会いしたボーカルパーカッショニストのKAZZさんの話しを思い出しました。


僕(KAZZ)がずっとボイパをやってこられたのにはあるきっかけがある。1995(平成7)年の阪神淡路大震災の復興屋台村でアカペラでボイパをやった時に、被災して心が沈み自粛ムードになっていた人たちが、僕らの演奏を聴いて笑顔になってくれたという経験をした。今振り返れば、その時に一人のボイパをする人間としての立ち位置(きっかけ)をその音楽活動で見つけたんだと思う。災害の現場ではあるけれど、自分の音楽が人の役に立っていることの喜び、それを実感できたことが、今、自分がボイパをやっている原点になっている。この体験が無かったら、ボイパは続けてこなかったかもしれない。

 

 音楽って、まず「音が出る(出せる)こと自体が楽しい」→「習得した音を使って音楽をすることが楽しい」へと進み、「その音楽を聴いてもらって喜んでくれる人がいて嬉しい」へと階段を上っていきます。自分自身が楽しいということを前提にして、それが社会のためになっているという実感がKAZZさんにはあった、だから〈ボイパ〉という言葉すらなかった時代(ハモネプが流行する前)から、ア・カペラの中でボイパ的な立ち位置に意義を見いだし続けてきたのだろうと思います。今では、彼は、神戸で200名以上の弟子を輩出した「ボイパ道場」という名の教室で後進の指導をしながらライブ活動を続けています。そして、KAZZさんがしてきたこと、それは次のように私は読み取りました。

 

 〈夢〉ではなく、〈幸せ〉を与えていた

 

 夢とはこれから先に起こるかもしれない一種の妄想のようなもの。でも、幸せはこの瞬間に感じるものです。

あるビートボクサーも同じようなことをを口にしました。

 

 「技術的に素晴らしいビートボクサーは国内にもたくさん現れてきました。でも、自分がそれに深く関われば関わるほど、そのビートボクサーは人に夢は与えるけれど、自分の幸せが逃げていく感じがするんです。」

 

 もちろん、ビートボクサーとして生計を立てているAFRAさんやTATSUYAさん、T.Kさんをはじめ、他にも沢山のプロのビートボクサーの方がいることも存じ上げています。ただ、その下に続く若い世代のビートボクサー、年代で言うとボイパブームに生まれた20歳代(それ以降の世代は、インターネット動画が主流)が今直面しているモヤモヤ感というのは、どこか共通点があるように感じます。

 それは、他の誰か(ビートボクサー)をリスペクトすることはあっても、自身がビートボクサーであることや他のビートボクサーを支える立場としての自己肯定感(自分自身の幸せ)を実感できないという共通点です。

この考え方には異論もあると思いますが、「実演芸術をプロにする人」、「実演芸術をアマチュアとして楽しむ人」、「周りで支えるスタッフ」、「それを鑑賞することにお金を出す人」、「それを文化として語る人」、「その環境(ハコや場)を提供する人」等々様々な立場の人がコロニーを形成して、初めて持続可能な文化になっていくと思うのです。そこには、それぞれの立場での幸せと、互いの幸せをもたらしてくれたことによる対価としてお金が環流し、だからこそ、それに関わる人が生活していくことができるわけです。

 

 改めて若きビートボクサーに、「ビートボックスシーンって、どこにあるの?」と問いかけてみました。

すると、「そんなシーンなんて呼べるようなのは、まだないですね」というような返答がありました。と同時に、「バトルだけやっていてもだめですね」とか、「今まではスキルだけに走っていて、他にももっと大切なものがあるような気がしてきました」といった返答やら、もう、次から次へと・・・

 

 「よし、これで彼は自分に自分で火をつけたぞ!」

 

 私は、このような会話のやりとりに同席しているときに、幸せを感じます。「あぁ、こうやって文化を育てていくということはどういうことなのか、を考えてくれる若者と話しができて嬉しいなぁ」と。

私はビートボクサーではありません。だから、スキル指導など全くできません。しかし、ヒューマンビートボックスという文化を俯瞰したとき、「ビートボックスシーン」という一聴すると分かったような気にさせる言葉が、逆に若きビートボクサーの思考を停止させているということに、彼らは気がついてくれたんだ、と心の中でニヤリとしたのでした。

 

(第2話:終) 

 

【読者の声】今回のコラムでも、たくさんのコメントをいただきましたので、匿名でご紹介します。皆様のお気持ちやお考えを、Twitterのダイレクトメッセージ(@kawamotoyoichi フォロー返します!)や、本ホームページのお問い合わせページからお寄せください。匿名でご紹介します。

 ナント!!! 今回は、コラムに登場したKAZZさんご本人からメッセージを頂戴しました。

 

 

◇「夢は与えるけど幸せは逃げていく」…納得がいきます! (20代大学生)

 

◇「シーン」という言葉は魔法のようですね。ハモネプの時代では、繰り返し「ストリート発ムーブメント」という言葉がテレビで使われていました。まるでほんとうのムーブメントがあるかのように描いて見せることで、実際にムーブメントやシーンにしてしまっていた部分があると思います。

 しかし現在はテレビの影響力はかつてほどなくなり、コミュニティも分散している状況ではシーンそのものが成立しえないのかもしれないな、とも思います。決して悲観的な意味ではありません! (30代会社員)

 

◇コラムに登場したボイパのKAZZさんご本人からのコメント

記事拝見しましたm(__)m(^^) 興味深かったです。

「夢ではなく、幸せを」その側面は、確かにあると思います。

もっと言えば、「ライブで培った音」というのが僕なりの言い方です。

つまり僕の音は、僕だけではなく、そこに聴いてくれる人がいての音なんです。

共有によって成り立った音。

また、AFRAさんと河本先生を交えて

ボイパやヒューマンビートボックスの本質の話をしたくなりました!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 次回(第3話)は、ビートボクサーAFRAさんと、ボイパのKAZZさんとの鼎談から得られる興味深いお話を取り上げる予定です。どうぞ、お楽しみに!このコラムへの感想をお寄せください。→こちら

 

第3話「ボイパは職人芸や~!」

 

戻る