【第11話】今必要なのは“コンパス(方位磁針)”

2021年1月11日(月・祝)14:15最終更新※一部修正

 

◇対談企画の収録が始まりました

 

 まさに歴史書の中にタイムスリップして過去に戻り、再体験をしている、そんな感覚でした。

 

 2021年に入り、ビートボクサーやボイパの第一線で活躍中の方々とのZoom対談動画(※)の収録が始まり、興味深い話題が続出しています。これは日本で初めての企画になるのではないかと勝手に心躍らせております。(ちょっと大袈裟かな~) 3月には公開できるように準備を進めています。(イメージは短編映画)

※出演予定者(敬称略):KAZZ、AFRA、おっくん(奥村政佳)、すらぷるため、杉村一馬、河本洋一

 例えば、こんな話が出てきています。

 

「ドラムの音ってことで、練習するんやけど、ドラムじゃないから。」

「ボイパって、本当に必要あるねん?ってどん底まで一旦落ちましたね。」

「音の出し方は人とは違うけど、自分楽しんでるでしょ?、それでええやん。」

「ビートボクサーとかボイパとか、ルーツは違ってもその違いを意識しなくなってきている。」

 

 

 時期を同じくして、“遠隔授業世代”の短大1年生達ともZoomやLINEを中心とした対話が再開され、徐々に研究室で直接対話する機会も増えてきました。学生はこんな話をしてくれます。

 

「他の人と考えが違うのは当たり前です。他人を否定したり自分を押しつけてはいけません。」

「自分が他人とは違うという事に恐れを抱かされることがあります。そして不安感が増すのです。」

「問題の本質はコミュニケーションの構築だと思います。でもそれを人任せにしてはいけませんね。」

 

 一見すると、職業、立場、居住地、年齢(30歳以上の開き!)といった属性が異なる人たちとの話しなのに、話題の点と点を繋いでいくと、奇しくも同じようなテーマが見えてきたのでした。それは、他者との比較に常に晒されているという環境下での自分の立ち位置の捉え方という問題と言えるでしょう。

 

 YouTubeやTwitter、Instagramで言えば、フォロワー数、視聴数、「いいね」の数

 学生にすれば就職や進学先といった進路、自分のキャリア形成

 

 

◇自分の外にある”モノサシ”の功罪

 

 社会というシステムの中で生きていく以上、秩序の維持のためには共有できる“モノサシ”は必要だとは思います。でも、常に判断の基準を自分の外に置いておくと、自分で考えることを恐れ、他人の“モノサシ”だけを極端に気にするようになります。それは、一種の思考停止状態。

 

 もっと深刻なのは、自分を自分で認められなくなってしまう状態です。こうなると事態は深刻です。必死で自分を自分で「説得」することが始まります。本当に大切なのは、説得ではなく「納得」なのに、必死で何かの理由を探し、自分を「説得」するのです。

 

 ただ「納得」と言うと、「それは諦めだ」「結局は言いなりになっているだけ」と言った反応をされる方がいらっしゃるでしょう。自分自身を測る“モノサシ”をもつことは、決して容易ではありません。もしかしたら、一生そんな“モノサシ”をもつことは不可能かもしれません。

 

「だったら河本~、おまえはどうなのよ」と問われそうです。

私はこう答えます。「だから私はその“モノサシ”を手に入れるために学んでいます。」短大教員ですから教えるということも仕事にしていますが、教えるということに仕事量や時間の20%を使い、残りの30%は学生を育てるための仕掛け作り、そして残る50%の時間を自ら学ぶこと(研究を含む)に充てているイメージでです。(※あくまでもイメージであって実測値ではありません)

 

 “遠隔授業世代”のある学生はこんな言い方をしていました。

 

 「自分の人生の主人公は、自分でありたいのです。」

 

 こう言うと、この学生に対して「ナルシスト」「成功者の弁」「成り上がり」「自信過剰」などと揶揄(と言うより、今は誹謗中傷と言った方がピンと来る?)される方もいるでしょう。もちろん、家族、夫婦、恋人、職場のチームといった人間同士の関係性を無視した「主人公」は社会全体から見ると厄介者にもなり得ます。でも、中心にいるのは自分しかいないということを素直に受け止めることが、逆に人それぞれが主人公になっていることに気づき、そして、他人にも優しくなれるのだとその学生は言うのです。これには私も大きく共感を覚えました。

 

 

◇必要なのは“モノサシ”ではなく“コンパス”

 

 「自分の人生は自分が主人公」ということの重要性が、インターネットとの親和性の高いビートボックスとボイパ、そして“遠隔授業世代”との対話で、私の中で点と点が繋がった感じがしました。これらの音楽表現者や“遠隔授業世代”は自分の中に、しっかりとした“モノサシ”をもてないという状況が作り出されやすいのです。

 

「周囲の人にとって」と考えるあまり、自分がいなくなっている、そんな自分の抜け殻がインターネットという仮想空間には転がっています。それは自分にとっての幸せの感じ方までをも、他人の“モノサシ”で測ってしまう状況を作り出します。これは、我々「先生」や「先駆者」そして、「大人」と呼ばれる人たちは意識しなければならない課題です。先生や先駆者、大人が後進に与えるべきなのは、他人と比較するための“モノサシ”ではなく、むしろ自分が進むべき方向性の参考となる“コンパス(方位磁針)”ではないか。そのような考えを、成人の日の今日(1月11日)考えたのでした。

🌸最後になりましたが、新成人のみなさん 成人おめでとうございます!

 是非、他人の“モノサシ”を捨て、自分の“コンパス”を持ってくださいね~!

30年以上前に成人式を迎えたオジさんからのメッセージでした