「教科書の表をコピーしてノートに貼ってもいいですか」

 大学は試験のシーズンになりました。私が担当する『子どもの音楽(基礎)』は、マークシート方式の試験です。この科目の授業で使用したノートを持ち込んでもよい試験なので、毎年次のような質問が必ず出てきます。

 

 学生:「教科書の表をコピーしてノートに貼ってもいいですか。それとも、手書きでなきゃダメですか。」

 

 このような質問を愚問と言ってはいけません。

 

 「一人の質問、みんなの声」

 

 経験的に、130名のうち、3名から同じ質問が出てきたら、これはかなりポピュラーな質問だと思っています。うまく取り上げれば、学生は、テストの点数を取るだけの勉強から、一歩前へ踏み出ることができます。

 しかし、質問に対する回答の仕方を間違えると、学生は思考停止状態に陥ります。例えば、こんな答え方です。

 

 先生:「教科書のコピーを貼るなんてとんでもない。苦労して写して書きなさい。」

 

 →学生は、「ああ、やっぱりなぁ。楽しようと思ったけど、減点されそうだからやめとこう。」と感じて、教科書手書き写しマシーンに変貌します。でも、書き写しただけで、時間を消費する割には、何のために表を写したのかがよくわからないままになります。

 

 先生:「教科書をコピーしようが、手書きにしようが、自分のノートなので、あなたの自由です。」

 →一聴すると、いい感じに聞こえますが、この答え方だと、作業が楽かどうかだけで判断します。そもそも、その表は何のために必要なのか、どう使われるべきかといった問いかけがないので、学生の思考は深まりません。

 

 私は、この質問には、いつも次のように答えています。

 

 私: 「コピーを貼り付けても、手書きにしても、それは自分の勉強の足跡ををノートに記しただけのこと。手書きの方が〈勉強してる感〉があって、いわゆる〈先生ウケ〉が良さそうだけれど、結局、何のためにその表が必要なのかが分かっていれば、コピーだろうが手書きだろうが構わないのです。何の目的のために、どんな目標でそのノートを作るのか考えれば、自分にとってベストなノートとはどうあるべきかがわかると思いますよ。」

 

 スマートフォンの普及で、先生の板書をそのまま〈写メ〉って終わりという学生も出現しています。人の話を聞きながら、ノートを作成していくという作業は、実はとても高度な技です。そんな中、授業の構成を的確に整理してくれる職人技の板書をされる先生は救世主です。そして、そのような先生の板書を〈写メ〉することは、画期的です、ノートという成果物を短時間で完成させるという点においては。

 

 学生:「それで、結局、教科書のコピーの貼り付けは、いいのですか、ダメなのですか」

 

 あなたなら、この質問にどんな回答を用意しますか。学生を思考停止にさせずに、モチベーションを上げさせる回答をするのって難しいですね。これも教授法のスキルだと考えています。