「伝わらない」から始まるコミュニケーション

 「音符と文字は一緒って事ですか?」

 「LINEで打ち込む文字の本当の意味は、書き抜かれた文字だけでは伝わらない。」

 「文字の方が音符よりも意味が伝わると思っていたけど、ただ文字に慣れているだけでした。」

 「文字だと意味が伝わるっていうのは思い込みだという言葉に、ハッとさせられました。」

 「楽譜は世界共通だと思っていたけれど、よく考えると違いますね。」等々

 

 これらはみな、『子どもの音楽(応用)』の第3回の授業後の感想です。

 『子どもの音楽(応用)』では、第3回と第5回で「子どもの音楽の楽譜を使いこなす方法」というテーマの授業をします。そこで、まず次の質問を投げかけます。

 

 「楽譜(音符)と言葉(文字)の違いは何ですか。」

 

 学生は3〜5人程度のグループに分かれ、この質問に対する回答をできるだけ多く出し合います。制限時間は10分。発言を交換している間に、「それはちょっと違うのではないか。」「こういう場合もあるが、その回答でよいのか。」といった疑問も整理されていきます。そして、グループの代表一人が、回答を発表します。

 

 回答は多岐にわたります。

 

 「楽譜は世界共通だが、言葉が国によって異なる。」

 「音符では意味を伝えられないが、言葉なら意味を伝えられる。」

 「音符は同時に発しても成り立つが、言葉は同時に発せられると意味がわからなくなる。」

 「言葉は誰にでも同じ意味が伝わるが、楽譜は同じには伝わらない。」

 

 次に、発表された回答に対して反論や疑問を受け付けます。この質問に対する学生の参加度はかなり高く、互いの発表に耳を傾けているうちに、どんどん「はてなマーク」が浮かんでくるようです。

 

 「世界共通と言うけれど、それを知らない人にとっては言葉を知らないのと同じではないか。」

 「LINEを使っていてよく感じることに、LINEじゃ意味があまり伝わらない。やっぱり、直接あって話してみないといけないと感じることがよくある。」

 「例えば、〈さ・よ・う・な・ら〉という言葉の意味は文字だけで伝わるけれど、その雰囲気というかニュアンスは、文字だけでは伝えきれない。漫画の吹き出しに描かれている〈マ゛〉とか〈ズクシ〉のような絵文字はある程度伝わるけれど。」

 

 学生同士の意見交換も落ち着いたところで、次の質問を投げかけます。

 

 「楽譜(音符)と言葉(文字)を一言で括れるとすると、それはどんな言葉でしょう。」

 

 これだけ議論した後に、この質問を投げかけるとかなりの学生が気づきます。

それは、音符や文字は単なる「記号」ではないかと。

 

 学生が置かれている現代のコミュニケーションの環境下では、意味さえ伝わればそれで全てが伝わっていると錯覚してしまうことが多いのかもしれません。しかし、学生は文字そのものの情報から読み取れる意味だけでは、コミュニケーションはうまく成立しないことを体験的に気づき始めています。

 

 同じことは楽譜にも言えるはず。

『子どものうた200』という楽譜集は、単なる記号の集まりかもしれないと気づいた時、まだ記号のいろいろを知らない子どもたちの前で、保育者としてその記号にどのような意味やニュアンス、表現を込めていくか。

 

 元々記号なのだから、「伝わらない」ことを前提とすることで、逆に伝えようとする努力や伝わった時の喜びを感じる。これこそ、表現活動の醍醐味であることを、第5回の授業では取り上げていきます。