「身一つでできること」という問いから膨らんだモヤモヤ感

「身一つでできること」という言葉に、私はカッコ良さを感じます。

「アレがなきゃできない、コノ環境がなければやれない」ではなく、

「今ココでできますよ」という感覚です。

 

「身一つでできる音楽」

これは、ヒューマンビートボクサーの多くが異口同音に口にする言葉です。

オーケストラやバンドと違って楽器は何も要らないし、いつも使っているマイクやアンプが無くたって演奏できます。

 

「身一つでできる芸」

これは、落語家の“立川志の春”が言っていた言葉です。

オペラや演劇と違って舞台装置は要らないし、どこへでもひょいひょいっと出かけて公演できます。

 

Googleさんにも「身一つでできること」と訊いてみましょう。

 

会社勤め、安定収入だけが人生じゃない!身一つでも生きられる5つの方法 ...

neoearthlife.com/the-other-way-to-live-1847.html

食べることができて、寝る場所があれば身一つで生きていけるというコンセプトで、様々な事例が紹介されています。

 

お寺のしあわせごはん: お坊さんに学ぶ、読んで食べて、心が軽くなる言葉とレシピ

https://books.google.co.jp/books?isbn=4059157635

お坊さんが書いた本の紹介です。心がモヤモヤしたとき、今その時にできることの手応えを感じる大切さが説かれています。

 

朝活として注目の『瞑想』!そのやり方と効果とは? - Me times(ミータイムス)

https://metimes.jp/articles-121

身一つでできること、それは瞑想。朝起きてすぐの瞑想は色々と効果があるそうです。でも私は二度寝してしまいそう。

 

売春 - アンサイクロペディア

ja.uncyclopedia.info/wiki/売春

ムムム・・・確かにそれは身一つでできることではあります。wikipediaを茶化したこんなサイトがあるとは・・・。

 

原点 : 思想

m-ac.jp/thought/starting_point/index_j.phtml

栄枯盛衰、常なるものを失った時、人は原点回帰(身一つ回帰)を思い出すと語られています。

 

「身一つでできること」のGoogle検索結果はまだまだ続きます。

この言葉にカッコ良さを感じていた私としては、意外な(?)検索結果に驚きました。

なぜなら、どれも発展的というよりも、収束の方向性の話題が多かったからです。

 

奇しくも今読んでいる本は、河合雅司著『未来の年表〜人口減少日本でこれから起きること」(講談社現代新書2017)

縮んていく国家ニッポンについて、例えば、こんなことが書かれています。

2020年 女性の半数が50歳超え

2024年 全国民の3人に1人が65歳以上

2027年 輸血用血液が不足

2033年 3戸に1戸が空き家に

2039年 火葬場が不足

2040年 自治体の半数が消滅

2042年 高齢者人口がピークを迎える

「もっ、もういいです、勘弁してくださいっ」という声をあげたくなるくらい、これでもかとショッキングな予想が続きます。

でも、最後までこの本を読むと、ふとある気持ちに襲われるのです。

それは、安堵感というか、感謝の気持ちというか、自分に意識だけでなく身体が備わっていることに対する気持ちです。

縮みゆく国家ニッポンでこれから起きてくる問題って、身体があるがゆえの問題が殆どなのです。

ベースにあるのは人口減少問題ですから当然といえば当然ではありますが、

ヒューマンビートボックスの研究を始めてから、身体性について強く感じる瞬間が増えたことは事実です。

 

楽劇「トリスタンとイゾルデ」では、肉体が死ぬと愛も死ぬのかというシーンがあります。

俗世的ではありますが、「身体があってよかった〜」って感覚をもつことが最近多い私にとっては、

肉体がなければ、愛も存在し得ないだろうと思ってしまいます。

 

でも、こうも考えるのです。

今は身体という物理的な部分にフォーカスした問題が顕在化しているけれど、

もしかすると、精神性や意識という部分とセットで語られないといけないのではないだろうか。

だとすると、「肉体が死ぬと愛も死ぬのか」という問いは、一度考えてみるべき価値があると思うのです。

 

「身体一つでできること」という自問から、こんなモヤモヤ感に発展してしまったというお話でした。