洋一ラジオ(遠隔授業)誕生秘話

※北海道新聞夕刊コラム『魚眼図』を加筆修正しています。

 

戻ってきた学生の肉声! しかし、まさかの・・・

 

「せーんせーっ!」

 

 コロナ禍で制限されていた大学構内への学生の立入が全面解禁され、キャンパス内に学生の声が戻ってきました。秋学期の授業が始まった9月半ば過ぎのことでした。

 

 入構制限が続いた半年間の校舎内は本当に静かでした。外から窓越しにエゾハルゼミやヒバリの声が聞こえてくるんです。その声に混じって、研究室で遠隔授業をする教員の声だけが廊下に漏れ響きました。授業はお盆返上で続き、春、夏、初秋へと季節が移ろう中、15回の授業がほぼ全て遠隔という、初めての経験をしました。

 

 いよいよ秋学期から対面授業が再開される! 大量のレポートとメール連絡の山から解放されるはずの学生から、嬉しいことに「ラジオ風授業が無くなるのが惜しい」というメッセージも届きました。問われていたのは大学の授業が遠隔か対面かということではなく、その質だったことに私が気づいた瞬間でした。そして、私の授業観は根本的に変わっていったのです。しかし・・・

 

  対面授業が開始されるも、札幌市内のコロナ感染者数は増え続け、僅か2週間足らずで1年生だけは遠隔授業に逆戻り。目前に控えた保育実習を実施するための措置でした。仕方のないことと自分に言い聞かせたものの、あの時の落胆は学生はもちろん、私もそれ以上に大きかったかもしれません。夕暮れ時の仕事の帰り道、キャンパス内でコオロギの声が遠隔授業の再来を癒やしてくれているように聞こえてきたのを、今でも覚えています。

 

 

“洋一ラジオ”誕生秘話

 

 私の遠隔授業を“洋一ラジオ”と名付けてくれたのは、私のゼミ(保育プロジェクト演習)のご意見番“い○ら○の○”さんです。教員に媚びへつらうこと無く、きちんと自分の考えを教員に伝えられる、最近では希少種となった学生の一人です。遠隔授業と聞くと、「PC画面にパワーポイントのスライドが出てきて、先生の説明があって・・・」という情景を想像されるかもしれませんが、私が目指したのは、違う空の下でもリスナーと心が通うラジオ番組風の授業。この趣向を象徴するオープニング曲やBGM、エンディング曲も決めました。参考にしたのは、私の私淑する日高晤郎さん(故人)のラジオ番組『ウイークエンドバラエティ・日高晤郎ショー』、私と同世代の方なら直接聞いたことはなくても番組名だけは耳にしたことがあるでしょう。

 遠隔授業用のマイクも購入し、専用のビデオカメラも購入しました。中古ですけどね。でも、半端なことはしたくなかったんです。自分の声がスマホではどのように聞こえるか、話し方の練習も繰り返し、実際にもう一つのアカウントも取得して、自分で自分の授業を受けてみました。万全の準備で臨んだ遠隔授業でしたが、孤独感や空虚感を感じた学生も多く、時折紹介する卒業生の体験談や画面上での学生と私との対談が、一部の学生には心の支えになっていたことをあとで知りました。

 

コトバの力を引き出す

 

 文字中心のLINEに慣れている学生にとって、昭和のラジオから抜け出したような耳に残る語り口の授業は、印象深かったのでしょう。しかも、視覚的な情報に頼りすぎないというところがポイントです。だって、目で処理する情報の方が圧倒的にスピードが速く、しかも情報量も多いからです。耳に集中させるというのは、ラジオ芸人の日高晤郎さんがよく仰っていた、「俺のラジオは見るラジオだから」というコトバにヒントを得ています。特にラジオは、授業で言えば大人数の一斉授業と同じです。確かに『日高晤郎ショー』は、スタジオのお客様とのやり取りがあっての番組ではありましたが、ラジオから聞こえてくる音や声は、聴く側に想像力をかき立てさせる、いいえ、自然と想像してしまうのでした。コトバのもつ力(ちから)を引き出せなければ、到底出来ないことをしようとしたという挑戦でもありました。

 

卒業生の力を借りる

 

 私の授業は卒業生によって支えられていたと言っても過言ではありません。毎回の授業には到達目標があります。でも、私は医学部の教授のように、臨床にいるわけでもなく、ましてや保育現場での勤務の経験もありません。もちろん、音楽表現と音楽科教育が専門ですから、嘘を教えることはありませんが、今、保育現場の音楽表現がどうなっているのか、何が課題なのかということは、現場の先生に伺うか直接調査に出向いて把握するしか方法はありません。当たり前のことなのに、遠隔授業になるまでこのような考えには及ばなかった自分を恥ずかしく思いました。と同時に、「コレって今チャンスじゃないのか」とも考えるようになり、卒業生に「音楽表現に関することで保育現場で困っていることはないか」を緊急調査したのでした。このような調査が出来たのも、LINE繋がりがあったからこそ。たった1週間で授業で使えるデータが揃いました。

 これ以降、卒業生、在学生、私の三者のトライアングルができあがり、遠隔授業がうまく回り始めたのでした。

 

授業は大人数の一斉授業と少人数(個人)のオンデマンド授業のハイブリッドへ

 

 大学の授業と言えば、先生がマイクを持って大人数の学生の前で話している姿を連想される方も多いと思いますが、これからは時間割で実施時間帯が決まっている大人数の一斉授業と、少人数あるいは個人で時間帯が自由のオンデマンド(見たいときにいつでも見られる)授業の二つのハイブリッド型の授業が主流になるのではないかと考えています。(私が考えるハイブリッド授業とは、遠隔と対面のハイブリッドではありません!)

 実際に私の担当する『子どもの音楽(応用)』は、オンデマンド授業が実現しています。(あくまでも大学としてではなく個人的なレベルでの対応です) それを容易に実現できたのは、遠隔授業のアーカイブ(記録)があったことが要因です。これを加工し、補習のポイントを示すことでオンデマンド授業が可能となりました。最初からオンデマンド授業をしようと考えていたのではありません。遠隔授業だけでは、どうしてもフォローしきれなかった部分を何とかしたい、実習で授業を受けられなかった学生に授業内容を補償したいという思いからでした。

 授業のアーカイブは、自分の授業方法の改善にも役立ちます。(ちょっと照れくさいですけど、ホントに)

遠隔授業の仕込み(準備)は、正直、かなりの労力を要します。でも、編集作業の方法や記録として残った授業は大きな財産になりました。これを毎日やっているYouTuberって、改めて凄いなぁって思いました。