【第11回】ヒューマンビートボックスとヴォイパの楽しみ方とは:AFRA&KAZZ&杉村一馬による鼎談(後編)

ヒューマンビートボックスに師弟関係ってあるの?

 この話題は、すらぷるためさんとも話題にしたことがあるのですが、ビートボクサーにおいては、「師匠」という概念そのものがないのではないかというのです。楽器や歌を習う時には師匠(先生)がいて当たり前という感覚をもっていた私にとっては、意外な返答でした。でもそのことはYouTubeがヒューマンビートボックスを始めたきっかけだという人が多いという現実を考えると、すぐにその理由が分かりました。

 

若いビートボクサーの多くはYouTubeがお手本

だから、師弟関係なんて、そもそもないのです

 

 一方で、ア・カペラの世界では、師匠という言葉がぴったりの現場を目の当たりにしました。ヴォイパのKAZZさんが主宰するその名も「ボイパ道場です。しっかりと弟子達の特性を見極めながら、上達具合によって指導法を変えていくのです。上達具合には、年齢や経験年数のことも配慮されていて、単に出せる音が多くなったからそれで善しとするのではなく、世代的に染みついている音楽性を大切にしながら、徐々にその幅を拡げていく、しかも弟子達と共に。そういった点が、「ボイパ教室」ではなく、「ボイパ道場」という名称がピッタリくる点でもあるのです。

 

まさに「ボイパ道場」での関係性は、師匠と弟子

 

 AFRAさんも色々と指導する場面があるそうです。『AFRAのヒューマンビートボックス講座』と呼んだり、『ビートボックスワークショップ』と呼んだり、『ビートボックス実験室』と呼んだりもするそうです。今、取り組んでいるのは予め講座の動画を予め作成してネットにアップしておくのです。オンデマンドな講座のスタイルですね。改めてご自身の姿をご覧になって、自分にダメ出しすることもあるのだとか。双方向ではない指導のスタイルは、KAZZさんの「ボイパ道場」とは違い、予め求められるであろうことを動画として作り込む必要があるところが難しい点です。ただ、受講生にとっては、オンデマンド(いつでも観られる)という利便性もあり、ビートボックスの楽しみを伝える方法の一つとしては考えられる方法です。

 そして、動画ではAFRAさんの実際の指導のワンシーンが観られます。(勿論無料です!)ただ、どんどん情報を詰め込むあまり、息を吸って音を出す(インワード)のような初心者には難易度の高い内容まで触れてしまうこともあったのだそうです。AFRAさん自身がたくさんのことを知っているが故の悩みでもあります。しかし、そうなると観ている側としては、どうしたらいいのか困ることもあるのではないかと考えるようになり、動画による指導では、一つのこと(技)をシンプルに伝えることの難しさを実感されたようです。

 そして、最も大事なのが伝え方のテンポ感。「ダラッ、ダラッ、ダラダラ〜」というような伝え方だと間延びしてしまうというのが何度かあったようで、オンデマンド講座の難しさを語ってくれました。

 

 

フィーチャリングについて

 

 話題は変わって、フィーチャリング(featuring)について杉村さんからAFRAさんへ、その背景についての質問がありました。フィーチャリングとは、直訳すると音楽では「客演」という意味になり、その人にゲスト出演してしてもらい相乗効果を狙うような意図があります。中でも、2009年の『The Voice, The Noise featuring Mummy-D』について触れ、「その歌詞が凄い素晴らしい」と杉村さんが大絶賛! 引用してその思いをAFRAさんに伝えました。歌詞の一部を引用します。

 

♪『The Voice, The Noise featuring Mummy-D』(2009)より一部を引用

吸って吐き出す 呼吸すらグルーヴを作り出す

雑音以上 音楽未満 オレらドとレとミとファ?のミュージシャン

でもオトナもコドモもオンナもオトコも」

誰もが持つこの声でもっとミュージックするぜもっと自由に

 

 杉村さんは、「この歌詞はラップという音楽で自分を表現することと、ビートボックスという声だけで音楽を表現するということを体現したような作品だと感じた」と語りました。そして、歌詞は「小爆発 中爆発 大爆発」と続きます。その言葉の響き自体がビートボックスのように聞こえる点は、北海道の地名を連呼する“水曜日のカンパネラ”のコムアイが歌う『シャクシャイン』と共通する点があります。言葉なのだけれど、言葉から意味性が失われ響きだけを感じているときのビート感とその心地よさ・・・。さて、言葉崩しの魔術師はこの現象をどう解釈するか。3rd Season の全員集合のトークが楽しみになってきました!

 

レッスンで心がけているのは何を求められているかを把握すること

 

 さて、最後は「ボイパ道場」のKAZZさんがレッスン初日に必ずしていることという話題になっていきました。大学の授業でも初回はニーズのアセスメント(査定)をすることがあるのですが、KAZZさんも「ボイパ道場」に生徒さんが何を求めているのかを把握することから始めると言います。そのアセスメントによって個別に教え方を変えていくのは、まさに個別にカスタマイズされた指導。師弟関係が成立する学びの場ならではのことと言えるでしょう。

 また、グループでレッスンに来る場合もあるといい、その時もリーダー格になる人に必ず何を求めているのかを把握することを忘れないそうです。

 

 AFRAさんの場合も、対面でレッスンをするときには、ここのレベルに応じた指導を心がけているそうで、一番配慮が必要なのが、技術力に差がある場合のグループレッスンだと言います。AFRAさん曰く「これって、全ても科目がそうじゃないですか。授業と一緒ですよ。」いまこれをする理由っていうのがハッキリ伝わることが大切で、そうすることで生徒さんが自分との関連性を見つけやすくなり、レッスンが進めやすくなるそうです。

 これだけ様々な情報が溢れている社会にあっても、自分のしたいこと目指したいことが見つけられない人は多いと思うのです、だから、

 

自分のやりたいことを見つける技術を身に付けることがとても大事だと思う

 

という言葉が印象的でした。

 そういった自ら考えることのきっかけになるような教育、仕掛けがあったらいいと思うという話に発展し、音楽を通してリスペクトをもらい、リスペクトをしている人と出会い、そういうときに音楽をしていて良かったと感じるそうです。つまり、AFRAさんにとって、

 

音楽が人間関係構築のツール

 

だったわけです。

 

 KAZZさんも思わずこの話に入ってきて、国連憲章にも「豊かに生きる」ということが書いてあることを持ち出し、音楽を楽しむことは人間であることの証なのだと力説します。人の心を豊かにするこの音楽は、そして、声だけでするこの音楽の世の中における音楽の立ち位置は改めて考え直してみる必要があるでしょう。

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コメント: 1
  • #1

    yuki (土曜日, 24 4月 2021 23:02)

    こんばんは。河本様。
    音楽を楽しむことは人間であることの証なのだと力説。とってもいい言葉ですねぇーーー。
    ビートボックスの限らず、音楽って世界共通の会話でないですか。
    言葉には壁はありますが、音楽は世界の人たちが、素直に良い音(曲)とか、歌を聞くと、世界規模で社会的現象になりますよね。
    それはやはり、人間だけが音楽を楽しめる特権なんだろうなぁーー。